日本のあれこれ その4
富の再分配を行う場合、第一に考えねばならないことがあります。
世間に無限に存在するがゆえに、自由に所有し使用できると伝統的に考えられてきた幾つかの財が、いまやきわめて有限であり、したがって場合によっては、それはもはや『私有財』ではなく『公共財』として考えねばならぬ、ということです。
空気、水などはその好例であるが、大都市においては、いまや土地もその一つに数えねばならなくなりました。
このような考え方は、イデオロギーから出ているのではない。
« 2010年08月 | メイン | 2010年10月 »
富の再分配を行う場合、第一に考えねばならないことがあります。
世間に無限に存在するがゆえに、自由に所有し使用できると伝統的に考えられてきた幾つかの財が、いまやきわめて有限であり、したがって場合によっては、それはもはや『私有財』ではなく『公共財』として考えねばならぬ、ということです。
空気、水などはその好例であるが、大都市においては、いまや土地もその一つに数えねばならなくなりました。
このような考え方は、イデオロギーから出ているのではない。
自由経済が大切であると考えればこそ、その正常な運営のために、国民経済にとって欠くことのできない財貨が現実に有限であるときは、無制限な私権の対象にしておくわけにはいかないという現実の認識です。
社会正義を実現するための富の再分配に当たっては、新しい角度から"公共財"の理念を導入することが必須であろう。
所得の再分配については、すでに社会保障、税制などを通じて努力の方向はわかっています。
分配を多くするためには、パイを大きくすることが必要だと考えることが誤りだというのではりません。